2009年1月14日水曜日

バス

所用があって最寄りのバス停からバスに乗った。そのバス停がその路線の始点でまだ出発まで時間に余裕があった。乗り込んだら運転手さんが「いらっしゃいませ~、いらっしゃいませ~」と言って迎えてくれた。バスの運転手さんからそう言われたことがないので、なんだか奇妙な気分になった。

座席に座っていたらふと思い出したことがあった。

その昔、結構まめにフォーミュラ・ワン、つまりF1観戦に行っていたときがあった。お目当てはアイルトン・セナで、今思うと不思議なくらいセナはこの世の人間に思えなかった。この世のものと思えないセナのレースを見たい一心で、年に一度は日本GPがあるから、その時に鈴鹿に出掛け、それだけでは物足りないので、どこか外国のレースも年に一回は見に行っていた。

いつの年だったか、その年はイタリアGPを見に行った。イタリアGPはミラノ近郊の大きな公園の中にあるサーキットで開催される。せっかくなので観光も兼ねて出掛けてミラノに宿泊し、GPにはバスで通うことにした。

イタリアでバスに乗ろうとすると、乗る前に切符をタバコ屋さんで買っておかなければならない。で、タバコ屋さんはバス停の前にあるかと言えば、そう言うわけでもなく、どこにあるという看板もないので、田舎者は右往左往してしまう。この事情ははるばる極東の国からやってきた日本人だけでなく、どこから見ても西洋人の顔をした人たちも同じようで、なぜだか分からないが、GPに通った3日間で何度も西洋人がどう見ても東洋人の私たちに「タバコ屋はどこ?」と聞くのでおかしかった。

で、バスに乗って行くのだが、日本GPだと鈴鹿サーキット行きのバスは当然だけど、日本GPの観戦客しか乗っていない。でも、イタリアでは「観戦客はどこ?」と叫びたいくらい普通の人しか乗っていない。GPの会場になる大きな公園は元々は王宮だったとかで長い塀がずーっと続いていて、もう公園の一角に着いているんだろうな、くらいは田舎者の日本人にも分かる。

バスの中はがらがらだ。しかし、道路は大渋滞で、なかなか進まない。気のせいか向こうの方でF1マシンの轟音が聞こえるような気がしてきた。すると、突然バスが止まって扉が開いた。停留所に着いたわけではない。私たちは帰りの停留所の場所を知りたかったので、途中下車するつもりは毛頭なかったが、運転手が何か喚いている。その時バスに乗っていたのは、私たち二人組と、北欧系の金髪青い目の若者二人組の二組だけで、そのどちらも降りる気は毛頭なくて、口々にまだ降りないと英語で言ってみたが、運転手はイタリア語で何か喚いているばかりでバスは止まったまま。

仕方ないので降りた。降りたときに北欧組(と勝手に決めつけている)に「バスの運ちゃんは何と言っていたと思うか」と聞いたら、「よく分からないけど、たぶん渋滞していて全然進まないから、ここで降りて歩いて行け。その方が早い」と言っていたのだと思う」という推理だった。

なるほど。

しかし、この日は行きも帰りもバス停とサーキットの関係が分からなくて大いに迷ってしまった。タバコ屋も見つからなかった。帰りはさすがにどこで乗ってもバスは大混雑で、タバコ屋が見つからなくて切符も買えなかったけれど、幸い検査官も乗り込めないくらいの混雑だったので、摘発されず、罰金も取られなかったから良かったと言えば良かった。

その後、日本GPを見に鈴鹿に行った。早起きして近鉄線白子駅に行く。駅からはバス会社の人が慣れた手順で観戦客をさばいて順々にバスに乗せ、満員になったバスは順々にサーキット目指して出発する。ここまでの手際は見事だ。さすがは日本人だ。

しかし、途中まではスムーズなのだが、サーキットに近付いてくると、マイカー客も来るせいか、だんだん道が渋滞してきて、そのうちに「ウィーーン」というF1エンジン特有の甲高いエンジン音が聞こえてくるようになってきて、そうなると早く実物を見たくてうずうずしてくるのだが、バスは全然動かない。

満員の乗客はしんとしているが、心は一つ。早く着いてくれ! それしかない。後ろの方にいた私たちはイタリアのことを思い出していた。イタリアの運ちゃんはまだサーキットがどこにあるか分からない段階で「歩いた方が早い」と言って、嫌がる乗客をバスから降ろした。

今、鈴鹿サーキットは畑の向こうに見えている。ここからなら迷わずに行ける。迷ったって、道を聞く相手は日本人だ。どうにでもなる。とは思うが、バスは満員で、運転手さんのところまではとてもたどり着けない状態だ。

と思ったら、運転手さんの横当たりにいた男性が運転手さんに話しかけている。どうやら「ここで降ろして」と頼んでいるようだ! やったね! すぐにでもバスの扉が開くのではないかと期待したが、甘かった。ここは日本だ。どうも日本の道交法だかなんだかでは、路線バスはバス停以外のところでは乗客を乗り降りさせてはいけないようなのだ。

と言うわけで、私たちはそれからしばらくの間じっと我慢の子で、サーキットに早く着け~とひたすら心の中で祈り続けるしかなった。

そんなこともあったっけ、懐かしいな~。と物思いに耽っていたら、バスが出発した。乗客はぱらぱらとしか乗っていないが、みんな乗るときに「いらっしゃいませ~」という運転手さんの奇妙な歓待を受けていた。その後乗ってくる乗客はいなくて、バスが進むにつれて一人降り二人降りして、私も終点の1つ前のバス停で降りて、バスは無人になって行ってしまった。

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